その3・「年寄り組」と「若者組」
ご存知のように、等々力競技場はJリーグ川崎フロンターレのホームグランド。審判
資格の体力テストのためにわざわざJ1のホームを借り切ってくれるとは、サッカー
協会も太っ腹というか、受講者にとっては合否はともかくいい記念にはなる。
当日の天気は曇り。5月にしては少し肌寒いくらいだが、長距離を走るにはこれ以上
はないと言ってもいいくらいの絶好のコンディションだ。尻をたたいてくれた我が奥
さんににちょっとだけ感謝。
ここで体力テストだけ受ける人たちと合流し、まずは係員にあわせて全員でストレッ
チなどの準備運動をやる。話が前後するが、筆記試験と体力テストは別の日に受ける
こともできる。また、万が一どちらかの試験に落ちても、一定期間内(確か年度内)
であれば、落ちた方だけを受ければいい。もちろん受講料も追加で取られることはな
い。そうは言ってもできれば1回で終わらせたいものだ。
ふと、片隅に目をやると隠れるように潜んでいた4年のSさん発見。「なんだ、いた
んじゃないですか」と声をかける。「ええ、実は誰にも言わないで来てるんですよ」
と周りをはばかるように小声でささやく。朝から来ていたそうだが、講義のときも私
の目につかないように後ろのほうにいたという。ちょっと迷惑そうなSさんを強引に
中央に引きずりだしてKさんに紹介する。これで仲間が3人になった。3人で一緒に走
れば心強い。
ところが「では、40歳以上の方と女性はこちらに来てください」と係員からアナウン
スがあった。人数が多いので、2つのグループに分けて走るらしい。Kさんはもちろ
ん、Sさんもその場を動こうとしない。(なんだ結局オレ1人「年寄り組」か)。
走る前の説明では先頭をペースメーカーが、1500メートルを7分30秒(つまり100メー
トルを30秒)で走るので、絶対に追い越さないようにとのこと。「追い越したら失格
ですよ。」と言っていたが、そんな人いるわけないだろう。いや……、いた!。私に審
判資格取得を勧めてくれたNさんはペースメーカーを追い越そうとして注意されたら
しい。いつもにこやかで優しい表情のNさん。実は内に闘志を秘めたファイターのよ
うだ。
私を含めた「年寄り組」から先にスタートした。後方にいるとズルズル遅れてしまう
こともあるので、なるべく前にいたほうがいいとある先輩からきいていたので、ペー
スメーカーから2,3メートルの位置につけて走り始めた。私の場合、最初の3、400
メートル走ってお腹や足が痛くならなければ、まず大丈夫。1500でも2000でも走れる
自信はあった。1周400メートルのグランドを約4周走るわけだから、1周目でほぼ
結果がわかる。天候と同時に体調にも恵まれたのか1周回ってどこも痛くならない。
呼吸も一定のリズムで刻まれる。もう、大丈夫だ。あとはこのペースで流せばいい。
受講が決まってから家の周辺や学校のグランドを折りをみては走っていたが、その時
に比べれば大分楽だ。1つにはペースメーカーがいること。もう一つは専用の競技場
なので、その辺の道路よりずっと走りやすいからだろう。結局ペースメーカーと一定
の距離を保ったままゴール。体力テストは無事クリアーした。ペースメーカーに「い
まので7分30秒ですか」と聞いたら「いや、ちょうど7分です」というではないか。
(おいおい30秒も早いじゃないか。でも走れたからいいか)。次の「若者組」で走っ
たKさん、Sさんも難なくクリアー。3人とも少なくとも体力テストだけはパスしたこ
とになる。
競技場から等々力会館にもどりながら、3人で「筆記はせめて70点を合格ラインにし
てほしいですね」などとたわいのない会話を交わす。
さて、元の席に戻ってあとは結果を待つのみ。これもある先輩から聞いたのだが、不
合格者は別室に呼ばれて、説明があるらしい。自分の名前が呼ばれないことを願うば
かりだ。全員が揃ってから結果発表があるらしく、しばらく待たされた。
10分ほど待って、とうとう結果発表の時がきた。緊張の一瞬、「えー、ここにいらっ
しゃる方は全員合格です。よかったですね」
あまりにもあっさりとした結果発表だったので、ちょっと拍子抜けした。半信半疑で
隣のKさんに「ということは我々も合格ということですよね?」と意味のない質問を
したが、Kさんも「ええ、そういうことになりますよね、おそらく」とちょっと不安
げな表情で答える。その後一人一人名前を呼ばれて、合格証、イエロー、レッドカー
ドなどの審判用具を渡される。それを受け取ってようやく実感がわいた。これで一安
心。うれしいというよりホッとしたというのが率直な気持ちだ。
帰りは、やはりママチャリできていたKさんと一緒に等々力をあとにする。
「資格は取れたけど、これですぐ審判ができる訳じゃないですよね」
「ええ、車の免許と一緒ですよ。実際に乗らないと運転できなくなるから、要はこれ
から、どれだけ試合をこなすかですよね」
と気持ちが楽になったのか、会話もはず
む。いい年したオヤジ2人が、ママチャリに跨ってニコニコしながら並んで走ってい
る光景は、さぞ不気味だっただろう。
子供のサッカーのために、審判の資格を取ることなど、息子がサッカーを始めた2
年前の自分には全く想像ができなかったことだ。子供のスポーツにのめり込むなん
て、単なる親バカといわれればそれまでだが、親を「バカ」にしてくれ、夢中にして
くれる子供がいるのは、それはそれで幸せなことなのかもしれない。おかげでこの年
になって新たな資格を1つ取ることが出来たわけだし、貴重な経験にもなった。また
親達の交流も広がって、楽しい付き合いも増えた。これも息子がサッカーを続けてい
るからだ。最後にこの場を借りて我が息子に感謝。(終わり)
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